この小さな学校で (2008年7月)

エッセイ この小さな学校で    愛育養護学校 校長 板野昌儀 (2008年7月愛育養護学校だより掲載)

小さな学校には、小さな校庭があります。校舎建物の3階(愛育会の会議室)まで届く桜の木が一本あり、港区の保護樹木となっています。例年は新学期の準備期間見事に咲いて、惜しげもなく散っていきます。その年によっては咲き残り、4月子どもたちの遊ぶ上に花吹雪となることがありますが、目を輝かせていつまでも見つめ続けた子どももいました。
近頃は、4月の子どもたちを見守るのは、姫りんごの木二本です。こちらも白い花を鈴なりにつけます。そして、秋にかわいい実をたくさん結びます。今、子どもたちの通学門のそばに桑の実が、一面に落ちています。時代とともに庭の形も面積も変化してきているのですが、二階の廊下からの眺めに、昔のままの雰囲気を感じてくださる来訪者の方もおられます。それは、庭をその時々に応じて活動の場に変えていく子どもたち、大人のエネルギーのことではないかと思います。しばらく続いていた庭での水遊びが終了し、砂場に溜まった水がひいたところです。これからどんな展開があるのか楽しみです。子どもたちは、シャボン玉を追いかけたり、自転車や三輪車、車椅子などに載ったり、押したり、ブランコやロープ、つり橋で遊んだりと、日々自分を映す各務のように、この小さな庭を最大限に使っています。そして、新たな遊びのテーマが、この小さな庭に降り注ぐのを待っています。
この桑の実が落ちるころに今年は梅雨に入りました。門の付近に雨の日は大きな水溜りができます。雨水をかい出しても地面の傾斜の関係か、すぐに溜まり登下校に不便をかけています。しかし、中には楽しみにしている子どもたちもいます。大人の利便性や判断だけでは、子どもの楽しみの一面にしか触れられないようです。学校環境を、子どもの視点で豊にしていくヒントにしたいと思います。
地下鉄広尾駅からの通学路には有栖川宮記念公園があり、この季節、公園から歩道に面して紫陽花が顔を出し、長い期間花の色の変化が楽しめます。愛育病院前のバス停のところにも大輪の紫陽花があります。卒業生保護者から、在学中の校庭にあった大きな紫陽花について尋ねられたことがありました。庭の対角線に大小一対の紫陽花の株があり、大きな花がたくさん咲き、子どもたちが取っても取っても長く楽しめました。失くした自然環境はもう戻りません。遊具の設置、移動や小さな庭だからこそ視界確保のため、残念ですが樹木草花もコンパクトにしたり、入れ替えたりしなくてはなりません。新たに紫陽花も植樹し育てていますが、まだまだ小さくて気づく子どもも少ないようです。その代わりにグミがたわわに実をつけるようになりました。さくらんぼのようなかわいい朱色の実の味を覚えていらっしゃる方はいますか。先程の桑の実や秋の姫りんごなどとともに小さな手にいっぱいに採って遊んだり、お弁当の容器に詰めてお土産に持ち帰ったりする子どももいます。毎年、愛育幼稚園の子どもたちにも人気です。
「あゆみ」愛育養護学校50年史が、ようやく刊行できました。写真のページに見る学校および周辺の変遷には、たいへん驚きました。学校の所在地は、50年前は港区麻布森岡町1番地といいました。昔南部藩のお屋敷があったことに由来する地名で、戦後まだ森の中だった麻布に、時代を感じる木造平屋の保育室を建築しました。そして、学校としての認可(社会福祉法人立)を受けた昭和30年の頃の校舎は、子どもたちを乗せ麻布の森に浮かぶ船のような校舎でした。自然の豊かさとともに、当時の保護者の皆様、教職員および母子愛育会の皆様の夢が伝わってきます。私たち50年後の本校を担う者たちも、子どもたちとともに過ごす日々を少しでも豊かにしたいと願っています。自然環境についても人間関係についても多様なあり方を大切にすることが、将来の豊さにつながっています。
巻頭メッセージに添えられたお元気な津守先生ご夫妻の写真は、3月はじめのスナップです。卒業する6年生2名のいる高学年の教室まで、子どもたちに会いに来てくださいました。最近は、以前のようにお一人でもいらっしゃっています。ご安心ください。
また、3月に卒業した2名は、それぞれ地域のすばらしい特別支援学校中学部に進学し、新しい学校生活に元気にチャレンジしています。そして、本年度は、幼稚部5名、小学部に5名の新しい子どもたちが増え、在籍は27名になりました。